有限会社観光ビルはたなか
専務 畑中隆仁

首都圏でのパティシエ経験を活かして、五島の老舗和菓子店に“新たな和の世界”を創造する。

会社について
弊社は、五島市の名産品や観光地にちなんで名付けた、お土産菓子の製造販売をしている会社です。大正元年に饅頭屋として創業し、五島市が観光地になっていく中で、お土産菓子が必要ではないかという発想のもと、芝生がきれいな鬼岳をモチーフとした「鬼岳饅頭」を発売しました。この鬼岳饅頭が、五島市の中では一番最初のお土産菓子ではないかといわれています。そのほか、「治安孝行(ちゃんここ)」「しまつばき」など、島内だけでなく、島外にも五島市の魅力を、お菓子を通じて知っていただけるような商品を製造販売しています。

自己紹介
高校を卒業するまで、五島市で暮らしていました。お菓子について学ぶために東京の専門学校へ進学。卒業後は、関東の観光地である鎌倉のお菓子屋で3年間、さらに東京のお菓子屋でも3年間の修業をし、五島市に帰ってきました。東京のお菓子屋で現在の妻と出逢い、結婚し子供が一人います。

五島市へ戻って来た理由
きっかけとなったのは、コロナです。父から、観光地である五島市は、コロナの影響を受けて元気がなくなっていると聞いていました。「なにか少しでも、五島市の役に立てないか。東京で学んできたお菓子で、地元の魅力をもっと発信したい。」その想いで、五島市に帰ることを決心しました。

五島市に戻ってから行った取組み
戻って来た頃の五島市は、コロナ禍ということもあり、観光客はもとより、道を歩いている人も少なく、活気がありませんでした。そのような状況下でもお菓子を通じて、五島市の魅力を発信することが出来るように、市のゆるキャラを使ったお菓子「お招きつばきねこ」などを開発し、発売しました。これまでは、和菓子のお土産菓子を専門としていましたが、東京で洋菓子の修業をしていたこともあり、はじめて洋菓子でお土産菓子の商品化に成功しました。
また島外へ商品をお届けするために、主力商品である「治安孝行(ちゃんここ)」のパッケージを変更しました。これまではひとつずつ手包装をしており、完全密封ではなかったため、賞味期限が製造より1週間と短く、なかなか島外のお客様のご希望にお応えすることが難しい状況でした。その状況を打破するために、昨年4月から機械化包装に変更し、完全密封が出来るようなり、賞味期限が2週間に伸びました。ようやく島外にお届けが出来るようになりました。

五島市に来て欲しい企業
弊社が大事にしていることは、お菓子を通じて五島市の魅力を発信していくことです。ですが、五島市の魅力をお菓子に落とし込むまではいいのですが、その先の配送でつまずいています。例えば、梱包用の段ボールは、島内で入手することが出来ません。島外から送ってもらった段ボールに商品を入れ、また島外に送っており、配送コストが現状の課題となっています。なので、配送業の企業に来ていただけると、配送システムの効率化を図れるのではないかと考えています。
また、弊社の業務との直接的な関わりがなくても、一緒に五島市の魅力を島外に発信出来る企業に来ていただけたら嬉しいです。
五島市に帰って来て驚いたことは、Iターンされた方が運営をしている、五島市の素材を使った、美味しい料理を提供してくれるお店が増えたことです。そういったお店は、SNSを上手く利用して、魅力を発信をしている印象があります。逆に、地元の企業は、たくさんの魅力を十分に発信出来ていないことが、もったいないと思うことがあります。五島市の魅力を伝える発信力のある企業に来ていただいて、お力添えをいただけると心強いです。
また一方で、五島市の求人は業種に偏りがあり、Uターンをしたくても就職先がなく難しいという声もあります。その意味では、五島市には少ないIT企業や、その他色々な業種の企業に来ていただけたら、Uターン、Iターンを考えている人にとっては就職先のレパートリーが増え、移住したいと考える方が増えるのではないかなと思います。

五島市の魅力
海がきれいなところが一番の魅力です。小さい頃は、友達とよく海に行き、気軽に泳いでいました。五島市に住んでいたときは、そのきれいさは当たり前だと思っていたのですが、修業した先の関東の海を見て、「あのときの五島の海はすごくきれいだったんだな」と再確認をしました。海だけでなく、きれいな山があったり、魚や肉、野菜や果物といった農作物、お茶が美味しかったり。食べてよし、住んでよし、自然がすごくきれいで、魅力がたくさんある誇れる島です。
進出を検討されている企業におかれましては、ぜひ五島市の自然を見に来ていただきたいです。泳いだり、山に登ったり、自然に触れていただいたら、住みたくなるのではないかと思います。

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